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あの感覚

 

先月はLA研修で多くの生徒さんと知り合えた。特に母校の研修は1週間ばかり一緒にホテルに泊まり込みなので夜、スポーツマッサージを教えながら個人的にも色んな話をした。ほとんどの生徒さんはアメリカ、というか外国が初めての経験で彼らからはそれぞれ違う角度からの外国への先入観やそれに伴う体験談などを聞く機会がいっぱいあった。

 

結論から言うと多くの話が今まで思っていた事、聞いていた事、そして想像していた事と微妙に違っていたと言うことだった。構え過ぎてたとこもあったりと、みんながテレビやネットで感じた事は一見にしかずというところか。

 

俺が留学した頃は未だアメリカはスポーツ医学の分野でも何でも世界の憧れの時代だったような気がする。高校の時、一日中探しまくって見つけたビンテージのリーバイスや古着やコンバースやレコード、音楽から映画までカルチャーの多くはアメリカからだった。だからそこで何かを学ぶことは最先端に近づくような感覚もあった。1分間電話したら500円かかった遠い昔のお話(今はネットでただだけどねぇ)。

 

今、情報は世界中に溢れている。行かなくても、見なくてもだいたいわかる。というかわかったような気がする。それはそれでいいことかも知れない。

 

昨日、娘とマリブ・ビーチでお昼を食べてから直ぐ下の砂浜に降りた。体操をやってる彼女は波打ち際で飛んだり跳ねたり廻ったりして、俺はその連写を頼まれて百枚ほど撮った。そのあと綺麗に写ってる写真のみを選んでインスタにあげるらしい。笑われるけど俺の時代は写ルンですハイで撮って、数日現像を待ってみんなで見せあって笑いあった。もちろん今の時代のほうがいいに決まっている。大きな波が来て足が濡れた彼女は冷たくてキャッキャッ叫んでいた。いずれは感覚(触覚)も遠隔でわかる時代が来るんだろうなぁ。

 

初めて米国に来た時の景色や周りの色、匂いは若かりし当時の俺には凄く新鮮だった。その感覚は今でも鮮明に覚えている。懐かしい音楽を聴くとその時の感覚が蘇るようにそれはこのまま消えないのかも知れない。

 

日本で思っていたことが違っていたといういい意味でのショックを大事にして欲しい。それはその時にしか感じないし、ずっと残る感覚だから。人生に於いてショックなんてそう何回もない。それらを結んで行くことによってまた違う感覚に出会うのも外国ならでは、なのかも知れない。

 

研修は1992年から始めた。何人かとは未だにSNSとかで繋がってる。

いい時代だ。みんな口を揃えて言うのは、あれは素晴らしい経験だったということ。それは若いその時に感じた絶対的な感覚だからだろう。俺の歳になってビーチで飛び回って写真なんか撮らない。些細な楽しい感覚がだんだん身体から消えていく中だからこそみんなに一生残る感覚を少しでも多く味わって欲しいと思う。多分それが四半世紀も続く俺のモーティベーションなんだろうなぁとつくづく思った春の海でした。

 

今晩から日本。なんか桜ちっちゃったらしいけど(めっちゃ残念!)。

日本でのセミナーや講演も俺の大きなモーティベーション。

大統領の様に働いて、王様の様に遊びてぇ〜(時間ねぇけど)。

「あの感覚」への4件のフィードバック

  1. Kaoru

    僕も14年前の研修がメチャメチャ刺激になり、今でもその時の感覚が残ってます!
    あの時にタケ先生と出会えて今があり、財産になってます。
    タケ先生に追いつこうとまだ見えない背中を追っかけて、我武者羅になってやっているのも、「憧れであり、目標でもある」タケ先生の存在があるからで、感謝です!

    待ってますので、お気を付けて!
    大阪・横浜セミナー、よろしくお願い致します!

    1. 懐かしいよねぇ〜
      そう言える思い出を共有していて今まだ繋がってるのがいいよなぁ。
      そろそろ履正社米国研修同窓会、本気で考えよう!

  2. 洋介

    タケさん、こんにちわ!
    歳を取ることも良いですね!若い選手たちと一緒に居るとギャップは感じますが(笑)
    約18年前、タケさん達と過ごした研修は今でも体と心に残ってます。ダンのテーピングは今も僕の巻きたいイメージです。

    1. 俺の初めての研修は体専だった。
      93年だったかな。
      俺も未だ20代でロングビーチ校の生徒だったし。
      毎年研修楽しみだったの覚えてる。
      ダンのテーピング、目隠しして物凄い速さで見せられてショックだったのを今でも覚えてるよ。

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