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教育と環境の相違

今月、留学している娘が夏休みで戻ってきて二人で一緒に車で3時間ばかしのジョシュア・ツリー(写真)にキャンプに行った。岩に登ってスピーカーで音流して星見ながら色々話した。もう高校生だからか音も流行りも世界のことやら俺の知らないこともよく知ってて教わることも多い。彼女はロサンゼルス生まれ&育ちでもちろんバイリンガルなので英語も日本語も両方ネイティブだ。俺たちがどんだけ頑張っても彼女らの発音にはかなわない。留学当時、英語がどれほど大変だったかなんて物心ついた頃には自然と2カ国語が普通に話せた彼女には想像もつかないだろう。

世界観もやはり違う。若いからとかでなくて生活環境や教育の違いもあるだろう。欧米の高校では勉強ばかりさせないで社会学習やボランティア活動、インターン制度など是非日本の高校生にも経験してもらいたいことがいっぱいあるらしい。この春、娘はアフリカのウガンダへボランティア活動に行った。本当の貧しさを目のあたりにして、その中でのボランティア。涙したこともあったようだ。また自分の興味のある仕事のインターンなども高校生からやるらしい。医者になりたい学生は病院でインターンを経験するらしい。受け入れる病院や会社もこれまた凄いと思う。俺が大学院博士号で教授をしていて一番感じるのはこちらの鍼灸学生は卒業するまでに千時間以上も実際の患者の治療をして経験を積む。もちろん俺たちがスーパーバイザーとして常に後ろに控えているが直に患者と接し、治療を施すのは彼ら学生の役目である。そこで失敗や成功を重ねて成長していく。だから殆どの学生は卒業と同時にスタート切って開業するようだ。日本の制度と比べてもしょうがないがなんともこれは教えていて日本側のハンデを感じる。こっちの学生のすごく安い治療費で臨床を学びながら治療を提供して、受ける側も安く受けられて学生のためになったような気もして、受療率もまた上がる。そして学校は授業の一環で場所を提供して治療費が入るwin win winだ。

日本の美学では人前でお金の話をしないというのがある。理解はするけど俺はこっちで学生だったので日本でもたまにお金の話を普通にしてしまう。郷に入れば郷に従えで良くないのかもしれないが、、、。先週に娘とレストランで食事をしていたとき隣の家族がチェック、プリーズ(お勘定)と言ってみんなでいくらになるか当てあっていた。こちらは税金も10%ほどだし、その上チップ(15〜20%)もあってなかなか当てるのは難しい。親は子供にお金の価値と流通や世の中の仕組みを家族の食事を通して教育していく。中には小学生でも決まったお金を親にもらって株投資をするつわものもいる。そこで自然と世界情勢や為替なども学んでいく。日本は2千年以上の歴史があるけどアメリカはまだ2百何歳。古き良きものと新しき良きものがしがらみなく受け入れられるのは色んな事情もあると思う。

なにがいいのか、悪いのか正確には言えないし、その国にあったやり方があると思うけどこういう話になると温故知新の気概でプライオリティ的にまた合理的に物事を考えていた明治の人々を思い出す。散切り頭で着物着て、銃を懐に入れて、靴を履いていたという龍馬は江戸時代では変わり者の部類だったのかもしれない。だが人間が進化していく中で変態(あの変態じゃなくて動物が時期に応じて形を変えること)があって初めて進化の扉が開くように概念を変えることによって新しい何かが生まれることを恐れてはいけないと思う。アメリカにいて偉そうなこと言ってんじゃねぇとか言われても俺は外圧の一人としてこれからもいいものはいいという気概でやっていきたいと思う。アメリカに住んでいても日本人として日本が大好きなことには全く変わりはないし、外から母国を愛する気持ちは誰にも負けないと一人で思っている今日此の頃でした。

おわり。

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