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見た目と偏見

見た目と偏見

 

先週末の夕方、久しぶりに友達とサンタモニカで食事をすることになって(帰りに飲酒運転をしないよう)いつもは使わないバスを利用した。

バスの中は多少混んでいてとりあえず空席は見あたらなかった。

乗った途端入り口には大きな邪魔な荷物が幾つかあってその横にドレッドヘアーの油の匂いプンプンさして耳には大きなピアスをつけて首からは金ピカのネックレースを数本ジャラジャラ下げて、肩にはタトゥーを入れてるいかにも世界悪を一人で背負ってるようなギャングスター風の黒人が二人座っていた。

狭い車内では髪の油の匂いも鼻につくし、周りの乗客たちは余り好意的な視線を彼らには送っていなかった。

明らかに周りの人達は静かにだが迷惑光線を発していた。

 

 

バスが街を少し走るとよろよろとした足の不自由な杖を持った老夫婦が乗車してきた。

車内は混んでいたので彼らは手すりにつかまって立っていた。目の前にはスーツを綺麗に着こなしたジェントルマン二人が座っていた。

しかし、彼らはその老夫婦が乗って来ても全く知らん顔で座って話していた。

 

 

 

 

その時後ろを振り返って老夫婦の存在を確認したギャングスター二人が同時に何も言わずにすっと立ち上がり、老夫婦に席を譲ろうとした。

その隙にその席を絡め取るように座ろうとした先程まで大きな声でじゃれあっていた若いカップルをギャングスターの一人が一瞬一瞥の眼力(めぢから)で制し、無事足の悪い老夫婦が座れることになった。

ギャングスター達は笑顔で老夫婦と片言話し、そのまま静かにずっと立っていた。

暫く経って彼らがバスを降りた時、同じくしてスーツを着たジェントルマン達が入り口の大きな荷物と共に降りて行った。

 

 

 

 

多分周りの客は俺と同じ気持だったと思う。見た目や偏見で善悪を決め、自分の裁量で勝手に状況判断し、その結果が全くの間違いだったことに気付いたわけだ。

恥ずべく気持ちだったにもかかわらず不思議と爽やかな気持ちだったのは、あの二人の黒人の侠気のような優しさがみんなを包んだからに違いない。

子供の頃、親に席を譲る事を躾けられた。あなたがお年寄りに席を譲るとどこかであなたの大好きなおじいちゃんおばあちゃんがまた譲ってもらえるんだよって。

 

 

 

私事になるがランチタイムに屋外プールで泳いで、週末はレース場のコンクリートの照り返しを浴びて(もちろん一番強い日焼け止め70を使用しているが)日焼けした俺がスーツを着るとインテリヤクザの様になってしまう(笑)。

教育立場上、服装もピシッと着こなすように努めるから余計にそう思われるのかも知れない。

色が黒いと人は遊んでるように見えるのか若い頃からよくその辺誤解される。留学してからは遊んだ思い出など殆ど無く、勉学と仕事でいっぱいいっぱいの生活であるにもかかわらず特に日本では未だに(日焼け=遊び人)そう思われるらしい。

人にどう思われようと構わないが、余り得な見た目でないことは確かだ。あのギャングスターも同じ気持ちだったのかと思うと大変申し訳なく思う。

このブログを借りて深く謝りたい(もちろん彼らには伝わらないが 笑)。

 

 

 

人はまず五感の中の視力を使って状況を判断する。要するに見た目、第一印象だ。

それに脳からの情報を加えて偏見に結びつく。みんな外見よりも中身が大事なことは知ってはいるがそう簡単に見た目を否定することが出来ないのが人間の常だ。

 

治療も同じ事が言える。見た目(第一印象)の判断と実際の診た目(腹診や脈診)が違うこともよくある。勝手な思い込みで治療していい結果が出ない時などはこのケースであると思う。

 

自分が見た目で判断されて不愉快な気持ちになることがあるのにもかかわらず、人を同じ杓子ではかってしまいその後悔と言うよりも、自分も含めて多かれ少なかれみんな同じなのかと思い、一人苦笑した出来事でした。

 

でもその反面、サンタモニカビーチの夕焼けをバックに昔の任侠道の様な弱きを助けるという近頃余り見ない光景をアメリカのギャングスターから教わった、それこそ素敵なマジック・アワーでした。

 

 

でもあの黒人たち、なんて気持ちのいい奴らなんだろう。

一瞬の出来事だったから余計に心の中で拍手していた。

車内のみんなもそうだったに違いない。

先入観があったからかも知れないがあの逆転劇は夏の夕方に吹いた颯爽とした一陣の涼風のようだった。

 

 

 

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