みかん

  

 

 

 

祖母 静香に捧ぐ

 

 

1986年(昭和61年)8月5日。

台風10号は既に熱帯低気圧に変わったらしいが相変わらずの横殴りの暴風雨でバイクが真っ直ぐに進まず、雨合羽は着ていたが全身ずぶ濡れになりながらも道を急いでいた。江ノ島ライフセーバーの仕事を夕方に終えたあとの出張マッサージのバイトだ。通っている専門学校の学科試験で赤点をとってしまい、それを親にも言えず追試代を稼ぐために夏休みに2つのバイトの掛け持ちをしていた。夏の観光時期でもあって旅館などでの出張マッサージの仕事は毎晩遅くまで続いた。普段あんまり勉強してないから筆記試験は苦手だけど己の矜持にかけてというか実技だけは誰にも負けないよう指を肥やすため一所懸命経験を積んでいた。

 

 

江ノ島から茅ヶ崎に向かう国道134号線を雨で滑らないよう、風に倒されないように運転してきたが目的の家はなかなか見つからなかった。地図を見てもその場所は畑とちいさな小屋しかなく住所が間違いじゃないかと思っていた矢先、その小屋から一人のおばあさんが出てきた。

 

 

“楽々堂さんですか?”

 

“はい、そうです”

 

少し驚きながらバイクを押しておばあさんの小屋まで行く。

 

“雨のところ大変でしたね”

 

“いえ、少し遅れてすみません”

 

 

戸の外で雨合羽を叩いて土間に入るとそこは狭くて、薄暗くて、ほとんどなにもない家だった。小さな仏壇の上には天皇陛下と皇后陛下のお写真や出征姿の若い兵隊さんの写真が飾ってあった。自分の長崎の祖父母の家の仏間と同じ風景だった。家の中は土間と小さい畳の部屋だけでその片隅に布団があった。

 

 

伏臥位で寝てもらって首から腰にかけて指圧を始めた。マッサージの免許取り立てが苦手としていた痩せてて小さい女性の身体だった。筋肉があまりないと押す指もうまく入らず、力を入れすぎると骨に当たり痛そうだったので加減をしながら押す。そのうち慣れてきて手掌や手根や四指を使って揉んだりしているとおばあさんが話しかけてきた。

 

 

“まだお若いのにおじょうずですね。”

 

お世辞だと思ったけど素直に、

 

“ありがとうございます。まだ修行中です。”

 

と答えた俺におばあさんが私も力がなくて最初は苦労しましたと返してきた。

聞くとおばあさんはあん摩師だという。

月に一度の贅沢でこうやってマッサージを頼むらしい。そして話を聞くとおばあさんは目がほとんど見えないらしい。だから出歩くよりも自宅に来てもらうと言った。

当時、盲目のあん摩師の方も珍しくなく、俺の専門学校の先生方はほとんど盲学校卒業で鍼の腕はもの凄いけどみんな目が不自由だった。

 

 

“おいくつですか?”

 

“二十歳(はたち)です。”

 

“そうですか。夫と同じ年なのね。”

 

 

言ってる意味があまりわからなかったけど、はっと気づいて仏壇の上の写真を見た。目が見えなくてもおばあさんは気配で感じたのだろうか戦争で亡くなっちゃたんだけどねと懐かしそうに教えてくれた。結婚して直ぐに出征された旦那様は南方で戦死されたらしい。俺の祖父の弟の昇太郎おじさんも南方で亡くなった。戦前にイギリスに留学して頭が良くて2年間で大学を全て終了し、何ヶ国語も話せたので通訳としてニューギニア戦線に行ってそのまま帰ってこなかった。そのおじさんともしかして一緒の師団だったのかななんて思いながら揉んでいた。

 

マッサージってそんなに経験なくても本気で気持ち込めて一所懸命揉むと喜ばれる。施術ってやっぱり気持ちが入らないと相手に通じない。やる気なくダラダラやってると直ぐにバレる。俺は旦那様が戦死してからのこの昭和の何十年をか弱い盲目の女性が必死に一人で生きてきたのを想像した。遺族年金とあん摩の稼ぎでほそぼそと生活しながらも月に一度のマッサージを本当に楽しみにしてるって聞いて、今日は俺みたいな駆け出し小僧で申し訳ないかなと思ったけど、昇太郎おじさんの戦友のお嫁さんを揉んでると思って心を込めて揉ませてもらった。

 

 

1時間の出張マッサージで2千円もらった。

帰り際におばあさんがこれ美味しいのよって言ってみかんを3つくれた。

お菓子は食べても、普段みかんなんか食べなかったけど、うちの玄関先には長崎の祖母から毎年送ってくるみかんの箱がよくあった。

 

 

“ありがとうね。”

 

みかんを持ってた俺の手を温かいおばあさんの手が優しく包んだ。

昔、俺と当時同じ歳だった出征する夫の手をこうやって包んで見送ったのだろうか?

こんなときってなんて言ったらいいかわからなかったけど、

 

“こちらこそありがとうございました、おばあちゃん。”

 

名前でなく、おばあちゃんと言ってしまった。戦後もしも旦那様が生きれ戻られてたらおばあちゃんには俺くらいの歳の孫もいたのだろうか。

 

 

 

戸を開けて外に出た。

気がつくとあれだけひどかった雨と風はやみ、あけぼの色の雲間から漏れる明るい光が目を刺した。額に手庇をかざして眩げに見つめた一朶の雲はゆっくりと海の方へ動いていた。

 

 

なんか無性に清々しかった。

1ヶ月に一回の楽しみのマッサージで俺の下手なマッサージを褒めてくれたおばあさん。戦争で失った僅かな幸せを胸に、決して裕福ではないけどその清廉なおばあさんがお礼にくれた3つのみかん。最後までしっかり揉めた充実感とおばあさんの人生が染み込んだ優しさと、雨が止んで晴れ間が覗いた夕方の景色も手伝って卒然と色んな思いが交差した。

 

 

雨に洗われた江ノ島は森の豊かな葉叢をさわがしながら、海からの乱反射に綺麗に映えていた。

皮を剥いたみかんをそのまま口に頬張った。

甘い果汁が口の中にゆっくりと広がっていった。

 

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